3号とたぶん素敵な午後

3号とたぶん素敵な午後

アリ吸いと猫パンの人。11号のはちょっと待ってね★。時系列は気にするな★慈愛の怪盗よりは前だゾ★


(これ作った妹マジ天才。ていうかなんで作ろうと思ったんだ。流石レッドウィンター。

そして改良した妹もガチ天才。流石”6号”)


それがあるプログラム――Yoidore.exeを起動した量産型アリス3号の感想だった。

最初にアリスネットワークにばらまかれた際は、各種アルコール飲料の味と酩酊状態を再現させるだけで、飲む量や酩酊度合いの調整はできなかった。

だが某妹の改良により、様々な機能が追加された。例えば、メインのお酒の部分で言えば、酔わずに味だけ楽しむモードや、本当に酔っぱらうモード――ほろ酔いからぐでぐで、果ては意識喪失寸前まで、細かく調整が可能となっている――が追加された。他には周辺安全確認モードとか、まぁいろいろ。

要するに、量産型アリスが安全にお酒を楽しむための、あらゆるプログラム詰め合わせになっていた。

あと、一緒に入っていたReadMeによると、以前ばらまかれた際に仕込まれていたらしいマルウェアは削除したとのこと。


(マジか。やっぱり仕込まれてたのか。スーパー姉権限で強制削除して正解でしたねこれは)


3号はそんなことを考えながら、ReadMeを読むのを途中で止めて、飲むお酒を選び始めた。

3号は、お酒のことはよくわからない。とりあえず飲みやすそうなやつ、あとワインは度数が高いと聞くので、それ以外の果物の方が飲みやすいだろうか。そんな考えで、目の間にある現れた検索タブに入力していく。


(あ、じゃありんごとかいいかな。果実酒?って飲みやすいって聞くし。じゃあこの名前がカッコイイのでいいか。トリニティのお酒だし飲みやすそう)


そして3号は一番最初に飲むお酒を決めた。


ところで、ご存知の通り、キヴォトスでは、生徒がアルコール類を飲むことは、厳しく規制されている。

しかし、量産型アリスは定義上ただのロボットであるから、それには当てはまらない。また、これはアルコールの効果を擬似的に再現しているだけで、実際にアルコールを摂取しているわけではない。

つまり量産型アリスが真昼から酔っぱらっていても全く問題はない。


(……ないはず)


「……一応リミッターを強めにかけておきましょう。昼間で講義の時間とはいえ、周りに人がいないわけではないですし、バレると大変です」


酔いすぎると、酔いレベルに合わせた行動を自動的にとります。と、ReadMeには書かれていた。

酔っ払いの無意識行動で、もし昼間からの飲酒が妹たちにバレれば、ただでさえ少ない3号の姉力(あねちから)がさらに下がってしまう。

けれどせっかくお酒を飲んで少しも酔わないというのももったいない。

要はバレなければよいのだ。3号は8号とイタズラをして学んだのだが――こういうことはコッソリやるに限る。

現在時刻は13時半。場所はミレニアム構内、芝生広場の東屋。周辺には、移動中のミレニアム生徒が数名と、芝生を刈っている自動ロボットが数機。銃撃戦が起こる気配はなし。


「つまり安全ですね。量産型アリス3号!お酒!行きまーす!」


小声で呟いて、視界の端の「実行!」ボタンを押す。

これで口の中にお酒の味が広がる……と思っていたらそうではなかった。

なにもおこらない。

3号が首を傾げていると、視界の端にNowLaodingのゲージが現れる。

なるほど。これがいっぱいになればいいんですね? と3号は納得した。

そして待つこと数秒。ゲージがいっぱいになる。

すると、PON☆というエフェクトとともに、目の前に小さなグラスが2つとお酒のボトルが現れ、東屋のテーブルの上に乗った。


「……………………………………………………」


(待ってください。なんですかこれ)


本物のボトルとグラスが、この場に召喚されたわけがない。だからこれはAR的な3D処理が行われているはずだ。だが少なくとも3号は、こうしたAR3Dタイプの量産型アリス用アプリを知らない。

それに、と、思考を広げようとしたところで、3号はあることに気がついた。


(始まりの部分がそもそもおかしくないですか?

今、3号は視界のユーザーインターフェースからこのアプリを操作していました。当たり前のこと過ぎて気が付いていませんでしたが、なぜわざわざ操作したんでしょう。

量産型アリスはロボットなんだから、内部のことは全てシステム上で行われます。だからこのような演出は無意味というかある種の危険性を……)


「……あー! 知るかぁ! 3号は休憩中です! 難しいことは知りません!」


3号は叫んだ。

3号は視線を感じた。そちらを見ると、近くにいたミレニアム生が驚いた様子で3号を見ていた。目線が合って気まずい。3号が笑顔で、ナンデモナイデスヨー、と手を振ると、彼女たちはそそくさと立ち去って行った。

芝刈りロボットたちもいつの間にか芝刈りを終えており、どこかへ行ってしまったようだ。

そして周囲は無音になった。


「……まーいっか」


3号はボトルを手に取った。リンゴのお酒だからか、中に小さなリンゴがそのまま入っている。かわいい。

それからやはり手に持つ感触がある。凄いなと思っていると、自動的にボトルの栓がはずれ、リンゴの匂いがした。こういう部分は便利になっているらしい。

グラスにボトルの中身を注ぐ。初めて見る琥珀色の液体に心が踊る。加減がわからないので小さなグラスの半分ぐらいで止める。テーブルにボトルを戻すと栓は勝手に閉まった。

グラスを顔へ近づける。……アルコールの匂いが思ったよりも強い。そのせいで3号は少し緊張した。

お酒だからそんなものだろう、知らんけど、と3号は考える。

恐る恐るグラスを口に付ける。お酒を口に含んだ瞬間、リンゴ特有の甘酸っぱさが、口いっぱいに広がった。同時に、アルコール特有の刺激が口の中を蹂躙する。

そして――


「ヤバい……語彙力がどこかいってヤバいしか言えない」


圧 倒 的 満 足 感 !ボディが喜びで震えている。生きてて(?)よかった。

3号は少しの間感動で震えていた。がおかしいことに気がつく。そんなに量を飲んでいない気がする……。

見ればグラスにはまだ半分も残っていた。


(いやー怖がり過ぎて全然飲めませんでしたね。でもこんなにおいしいならいくらでも飲めちゃいますね。とりあえず残りを消費したら、今度は別の飲み方を試してみますか!)


その時3号の視界にAlart!!!というアイコンが表示される。

このような表記を、3号は自分の視界の中で見たことがなかった。

でもツッコミを入れるのは辞めた。

代わりに内容を読む。そこにはこう書かれていた。


――警告します!アルコールの摂取量がリミット上限になりました。アルコールの効能を正しく再現する場合はリミッターを調整してください。そうでない場合は飲酒を一度中断してください。あと2回飲むとリミッターが自動的に解除されます。


「ふえ?」


(ほんの少し飲んだだけなのにどうして?)

(てかリミッターが勝手に解除されるならリミッターの意味がなくないですか?)


3号はとりあえず今自分が飲んだお酒の情報を調べなおした。


「これアルコール度数が40度もあるんですか!?」


あらためて選んだお酒の説明を読むと、果実酒ではなくその蒸溜酒だった。雑に選んだ自分に戦慄する。

リミッターがあって助かった。そのまま飲んだら潰れていたかもしれない。


(美味しいけど、怖いから、注いだ分で終わりにしましょう)


どうやらあと一回は飲めるようだ。少し心を落ち着かせて、それからもう一度、今度はゆっくりとあの味を楽しむ。

3号はそう考え、ゆっくりとグラスに目を落として――


「何をしてるんですか?」

「うひゃああああえあえあああえええあ!?」


後ろからいきなり話しかけられて変な声が出る。振り返るとそこには3号の姉――量産型アリス2号がいた。


「どうしたんですか変な声を出して……何か見られて困ることでも?」

「お、お姉ちゃん?いつから!?」

「あなたが何か飲むところからですね」


3号は姉の言葉に違和感を感じた。何かがおかしい。

しかし3号がそれが何か把握する前に、姉は3号の隣へと座り、言った。


「あ、りんごジュースですか?中にりんごが入っているのがかわいいですね。少し貰いますね?」

「……?えっと……どうぞ?」


理解が遅れた。3号には、このボトルは2号には見えていない、という意識があったからだ。

――まさか見えてる!?

気づくのが一瞬遅かった。2号はボトルからグラスいっぱいに中身――お酒を注ぐと、それを一気に煽った。


「えちょっ、まっ、お姉ちゃん!大丈夫!?」

「? これ美味しいですね。よく見るとコップも可愛いくて素敵です。これも6号からの贈り物ですか?」

「酒豪か!?」

「シュゴウ?」


姉はきょとんとしている!

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――――

一瞬で様々な思考が電子頭脳を駆け巡る。

そして3号は冷静になった。

たぶん隠さずにちゃんと説明した方が良い。


「どうかしました?」

「いや実は……」





「6801号が作ったお酒プログラム!?」

「それを”6号”が改造した安全バージョンです!」


2号は手元のグラスと3号の顔を何度か見比べてから言った。


「……待ってください。すると私が今飲んでいるこれは現実には存在しないんですか!?」

「はい」

「じゃあ私は今から酔っ払っちゃうんですか!?」

「それはないと思います。視界を介したオブジェクト共有はしているみたいですが、それ以外はしていないそうです。味はお姉ちゃんがこれまでに飲んだ中で、近しいものが自動的に想起されて反映されているみたいです」

「根拠は?」

「このプログラムのReadMeにそう書いてありました」

「なるほど。わかりました」


そう言うと、2号は笑顔になった。


「3号。あなた、説明書をちゃんと読まなかったでしょう。何時も言ってますけど、新しいプログラムを試す時は説明を読んで完璧に把握してからにしろと」

「い、いやー?その、いちおーですね?読んだんですよ?ちゃんと」

「ちゃんと読んでいたらこうはなっていないじゃないですか!!!」


マジギレである。

姉がキレるとヤバい。N=<24時間のお説教コース――


「まぁいいです。今回は許します。その……美味しかったですし」


と思ったら許された。

これも某妹のおかげである。ありがとう某6号!


「6号が今どこで何をしているか聞きましたか?」

「んーとですね……。聞こうと思ったんですが、聞き忘れてしまいまして。仕事で忙しいとは言っていましたけど……」

「あの子が、仕事?」


2号が驚いた声で返事をした。


「あの子も変わったんでしょうか」

「どうでしょう。話した感じ、昔のままでしたが」

「伝説の光の勇者になります!でしたっけ。そのままヒノム山に突撃しようとしていたのでみんなで止めた記憶があります」

「そうでしたっけ?」

「……あの頃は楽しかったですね。シングルナンバーみんなとオリジナルとたまにプロトとゲーム開発部と先生と……勉強して遊んで……それから」

「お姉ちゃん?」

「今はみんな仕事も立場もありますからね。集まるのが難しいのもわかりますけど……私は、また、みんなで」


3号はおかしいと思った。姉が今日はやけに饒舌な上に、ちょっとテンションが低い。

いつもはユウカ……というよりノアみたいに冷静なのに。


「それにしても、6号は本当に今何をしているんでしょう?いつもネットワークにいるんだから、近況報告くらいしくれてもいいのに」

「あはは……案外都市伝説サイトに書かれているのと似たような冒険をしているかもしれませんよ?」

「もしそうだったら6号だけで1000体は居ますね……だって……同じ日に……複数の場所で……目撃……」

「……お姉ちゃん?」


2号がぱたんと倒れる。

3号はびっくりして、それから姉を見る。横になった2号はすーすーという寝息を立てていた。どこからどう見ても寝ている。しかも寝心地の良い位置を求めて、もぞもぞと移動している。最終的に3号の膝の上に頭を納めて動かなくなった。つまり膝枕の状態になった。

……姉が何故このようなことをしているのか、3号は真剣に考えた。

わからなかった。

でもたぶん寝たふりだ。姉が酔っ払うことはないからだ。

寝たふりをされても困るので、声をかけてみる。反応がない。アリスネットワーク経由でも話しかけてみる。

……反応はない。


「待って!!!???ってことは本当に寝てる!!!???」


(なんで?

どうして??

量産型アリスってロボットですよね???

自分がそう思っているだけで実は人間だったりする????)


3号は疑問に思ったので、自分のUSBポートを触ってみた。

生物のこんなところにこんなものはない。当たり前の話だ。

故に量産型アリスはロボットである。Q.E.D.

――ではなぜ我が姉は寝ているのだろうか?

もう一度確認しよう。

姉にはYoidore.exeは入っていない。仕様通りに視覚から味が想起されたのだとしても、Yoidore.exeに含まれる他のお酒による効果が発生することは絶対にありえない。

すると姉が寝ているのは、少なくともお酒の効果によるものではない。

であれば、さっきのドリンクを飲んだことにより、量産型アリスに備わった何らかの機能が働いた結果であると考えられる。……はず。

だが以前ウタハから貰った量産型アリスの仕様書にはそんな機能はなかった。そしてその後のアップデートには3号も参加している。不必要な機能を追加した記録も記憶もない。

コッソリ追加されたということもないだろう。アップデートによって追加された部分をテストしているのは3号だからだ。仮に3号が知らないイースターエッグがあったとしても、何回もテストしていれば流石に気がつくはず。

……わからない。3号にはわからないことだらけだ。

とりあえず3号は、姉をしばらく寝かせることにした。

3号は量産型アリスの中で一番姉力(あねちから)が高いのは2号だと思っている。あの高い姉力(あねちから)を維持し続けるのに、メンタルにどれだけの負荷がかかっているか。この緩み切った顔を見ればすぐにわかる。

たまにはゆっくり休んでもらって、放課後にユウカと合流したらまたいつもの一日を過ごしてもらえばいい。

なぜ量産型アリスが睡眠を取ることができるのか。またその効果については、いずれ時間のあるときに考えれば良い。

でもきっと、この時間は姉がリラックスできる良い機会になる。そのはずだ。

今はゆっくり休んで夕方からの作業に備えよう。3号はそう考えて、ゆっくりと姉の頭を撫でるのだった。



――その後、おやつタイムに校庭に出てきたミレニアム生徒や他の妹たちに寝顔を撮影されまくったのがバレて、姉からぽかぽか叩かれるのは、また別の話。




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