ハード屋からソフト屋へ-人が育つ渋谷に向けて-

東京建物は、分野横断型高度人材(STEAM人材)を育成することを掲げ、「渋谷二丁目プロジェクト(渋谷二丁目西地区市街地再開発事業)」を推進している。不動産というハードを担ってきた東京建物が、今なぜSTEAMなのか。一棟のビル「VEIL SHIBUYA」での取り組みを、全5回のインタビューから探ってみたい。まずは、東京建物と共にSTEAM人材の育成を行っていく一般社団法人STEAM Associasion代表理事の宮野公樹さんにお話をうかがった。

渋谷二丁目プロジェクトとは

「宮野さんにとっての、このプロジェクトのキャッチ・コピーは?」

う〜んと唸ること、ものの3、4秒。

「“ 分野も業種も越えた、学びの実践、実践の学び ”・・・、うん、これだ!」

宮野さんが「渋谷二丁目プロジェクト」に関わることにしたのは、大学の外に「学びの実践・実践の学び」の場が必要だと考えたからに他ならない。社会と学術は地続きだという信念がそこにある。「VEIL SHIBUYA」はそのための実験場だ。

研究者の頭の中を覗く「30interviews」

2022年10月、VEIL SHIBUYAを舞台に、インタビューを通じて30名の研究者の頭の中の具現化を試みるプロジェクト「30interviews」が開催された。

ほとんど0円大学「研究者の頭の中を具現化する!?社会表現型イベント『30 Interviews』とは何か、宮野公樹先生に聞いてみた。」

それはなぜインタビューだったのだろう。

宮野さんは様々な専門分野をミックスさせる「学際」というアプローチで学問をしている。京都大学学際融合教育推進センター准教授として、10年前から「京大100人論文」というユニークな企画を毎年行っている。約100人の研究者たちが匿名で研究テーマをボードに掲示し、来場者が匿名で意見を書き込む。匿名なので、肩書きにとらわれない本音の対話が実現する。*1, *2

中でも2020年は格別だった。コロナ禍によるオンライン開催だったため、京都大学という枠組みを外し、全国の研究者が参加できるようにしたのだ。

「初対面の研究者5、6名がグループになって、匿名で、アバターを使ってディスカッションしたんです。あれは良かった。ああいう対話をしたくて学問してきたんだな俺って思ったもん(笑)その後1週間は、ぽわーんとその感動に酔ってたし・・・」

・・・というお話の途中で、突如アバターになった宮野さん

人はどうしても肩書きや見た目に縛られてしまう。それが本来の対話を妨げる。アバターで対話をすると威張る人も攻撃する人もいない。

「100人論文」というエッジの効いた企画に挑戦する人は、そもそも自分の専門分野を超えて異分野の人と対話する心構えもできている。

そういう人たちが、肩書きにも外見にもとらわれずに真摯に向き合い、「あなたはそう思うんですね。私はこう思います」という生産的な対話が繰り広げられた。参加してくれた研究者たちも、そうした対話から刺激を受け、充足感を得てくれたようだ。その後もさまざまなイベントに来てくれている。これこそが俺の考える学問だと宮野さんは言う。とても幸せな時間だった。VEIL SHIBUYAでも、「本物の対話」が実現する場を設けたかったのだ。

対話を産み出す場としてのVEIL SHIBUYA

「30interviews」のキモはもちろん、インタビューという手法だ。イメージは「カンブリア宮殿」。ふだんインタビューとは縁のない研究者に、特別な場所に招待されたという気分を味わってほしかったと言う。

VEIL SHIBUYAは非日常の場として有効に機能した。椅子もコンクリート張りの壁も良い雰囲気を醸し出していた。カメラのセットもそれらしく、参加者を高揚させた。

空間を巧みに使って適度な距離感を出し、お菓子を置いたり、BGMを流したりといった細やかな工夫もした。

「話してなんぼ、話しかけられてなんぼ」という、たった1つの標語も背中を押した。

しかも、「インタビューして終わり」ではなかった。出会ったばかりの研究者たちが、あちこちで話しこんでいたのだ。

大収穫だった、と宮野さんの顔がほころぶ。夜の懇親会は大いに盛り上がり、体の奥底から充足感と喜びが湧き上がってきた。

「30interviews」の先に見えてきたこと

「30interviews」は研究者に、ふだんの研究とは全く違う学びをもたらした。インタビュアーから質問されて、初めて気づくことばかりだった。「『30interviews』は、我々が渋谷二丁目界隈でやりたい、学びの実践の1つとして、素晴らしい機会になりました」と、宮野さんは総括する。

イベントを終え、参加した30名の中から5チームの取り組みが本格的にプロジェクト化しつつある。今のところ2チーム目の打ち合わせまで終えたが、「とてもいい、これはいけるんじゃないか!」という確かな手応えを感じているという。

例えば、「環境ってそういうことだっけ?」という素朴な気づきと問いから生まれたプロジェクトがある。環境が大事だ緑が大事だとよく言われる。だが、緑化のためにつくられた都市の中での「緑」は、ほとんど形と色だけで作られたいびつな「環境」だ。素朴な気づきと問いが、都市における緑化と環境を生態学の観点から見直し、さらには体験してみたらどうだろう、というプロジェクトにつながりつつある。

それは、対話から生まれた発想だ。専門を異にする研究者2人のコラボ。そして、異なる専門を繋ぐところまで踏み込むSTEAM Associationの活動とVEIL SHIBUYAという場の存在。相談しながらアイディアを出し合い、プロジェクトを提案した。たとえ優秀な研究者であっても、1人ではこれほど大きく可能性が広がらなかっただろう。対話から、アカデミックなだけでなく、ビジネスにおいても価値を生むようなプロジェクトが実際に生まれる。そんな確信が、「30Interviews」の先に見えてきた。

進行中のプロジェクトも一味違う

「e-lamp.」というプロジェクトがある。慶應義塾大学の学生起業家、山本愛優美さんのプロジェクトだ。*3

「心を、光で、可視化する」という斬新なコンセプト。パルスセンサを使用したLEDのイヤリングが、推定した脈(「ドキドキ」)に合わせてピカピカ光る。

イヤリング型心拍フィードバックデバイス「e-lamp.」

「心」を可視化するのだ。

それによって、社会はどう変わるのか。このセンシング技術は社会にどう実装されていくべきなのか。そうした問いと対話を繰り返していきたい。そんなプロジェクトだ。

現在は学術的な貢献と社会実装の両面を見据え、製品化に向けて様々な場面での実証実験を行っている。法人化もすませた。STEAM Associationの宮野さんのフィロソフィーを受け止めたCOMMONZ LLCがプロジェクト推進のサポートをしている。

これは「研究か商品か」ではなく、「研究をする」「プロダクトを世に問う」という両輪を回していこうとする、新しい営みである。

ビジネスかアカデミアかの二者択一ではない。まさにVEIL SHIBUYAが目指す「新たな社会的営み」の原型がここにある。

「もともと社会と学術を分けて考えるのが気に食わないんですよね。社会と学術を区分けするんじゃなくて、両者は地続きであるのが本来の姿なんだよって言いたいんです」と、宮野さん。

「渋谷二丁目プロジェクト」への期待感と展望

宮野さんは流行りの「ピッチ」や「ギャザリング」には心を動かされない。あれは、ただやってるだけじゃないのか・・・。

「うちらが大事にしたいのは本質。“そもそも何だっけ?” から立ち上げている。出会いも “なんで出会うの?” を大事にする。そもそも論から立ち上げているんです」

それは、京大でもずっとやってきたし、「渋谷二丁目プロジェクト」でも強化してやっているという。そこから何が生まれ、どのようなところに結実していくのか。最後に、今後の展望について伺った。

VEIL SHIBUYAから輩出される人たちとは

人を育てるのには時間がかかる。そもそもこのプロジェクトで育てたい人間が促成栽培で育つはずがない。「植物」を例にしよう。植物というと、ふつうは色と形だけに目がいく。だが、大切なのは、「その植物ってなに?」「周りにはどんな生き物がいるの?」と、外見だけにとらわれずに、なぜその植物なのか、その植物は周りの植物や動物とどう繋がって、どう生態系の一部となっているのか、そんなところまで考えられる人間かどうかである。そういう人たちが育つためには、それを可能にする土壌がまず必要だ。信頼できるコミュニティづくりもその1つ。

「地味に、地道に、急がず、畑を耕すように、ひたすら耕し続けるんだ」と、宮野さん。

従来の「人材発掘」「人材育成」というコンセプトには収まりきらない視座がそこにある。もちろん、参加者同士には交流があった方がいい。そのために、Facebookグループをつくるなどの地ならしはする。

「ただ、地ならしを越えて、前のめりになって、拙速に成果物を作ろうとするのはダサいなと思うんです」

自分たちがやりたいことを明確に打ち出し、それに響く人を集めている。関わってくれている人たちは皆、「変わる用意」ができていて、それ故に世の中を変えていくポテンシャルを秘めた人たちだ。そういう人たちが予想以上に大勢いることがわかってきた。思えば、よい研究者ほど今はくすぶって、沈黙している。

「そういう研究者が息を吸える場所をつくることも大切だと考えています」と宮野さんは言う。

幸運な出会いから生まれるもの

こんな取り組みは、これまで日本になかった。本質的な価値観や思い描く世界、そしてタイムスケールまでもがことごとく符合する宮野さんと東京建物の幸運な出会い―それがビジネスとアカデミアの垣根を取り払い、革新的なやり方で、渋谷の街を、そして社会の在り方をじわじわと変えていこうとしている。まちづくりのタイムスケールも本質論を共有するのにちょうどいい。10年でまちづくりをするのなら、10年かけて何かを産み出すことになる。

「建物を造るだけではなく、その中身もしっかりと創っていく」というコンセンサスも得られている。

現在、全国の高校生の間にもSTEAMというキーワードが浸透してきている。STEAMという言葉を聞き、そのコンセプトに触れた高校生が増えてきた。STEAMの裾野が広がりつつあるのだ。たとえ流行り言葉だとしても、これを使わない手はない。

「10年というタイムスパンでまちづくりをしていることを考えると、今の高校生が知っているというのはとてもいいなと感じています」

未来を語る宮野さんの顔は明るかった。STEAM人材の育成拠点というソフトが、不動産というハードにどのような可能性を注いでいるのか。次回は、東京建物から見たVEIL SHIBUYAを担当者の目線から紐解いていきたい。

参考資料

*1

京都大学 学際融合教育研究推進センター「京大100人論文 真なる意見交換のために」

http://www.cpier.kyoto-u.ac.jp/project/kyoto-u-100-papers/

*2

烏丸経済新聞「「京大100人論文」、今年はオンライン拡大版 京大外の研究者も対象に」(2020.12.04)

https://karasuma.keizai.biz/headline/3596/

*3

e-lamp.「もしも「心」が可視化されたら、社会はどう変わる?」

インタビュアー・ライター(presented by ハカセのエンピツ)

横内美保子(信州大学グローバル化推進センター 非常勤講師)

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