白銀の寒月が照らす古城の門前、鎧武者のような装束を纏い奇妙に捻じ曲がった二振の太刀を携えた竜人が、足下に横たわる獣達の亡骸を見下ろしながら佇んでいた。
ガイオウモン──悠久の時の中で歴戦を制し己の力を増してゆくという竜系のデジモン。
種の本能に刻まれた生態に従い日夜戦いに明け暮れる彼は、血塗られた旅路の最中に立ち寄った村の長より『姿の見えぬ盗人を退治してくれ』と依頼された。
剣術と焔の力だけを己の頼りとする種の特性に違わず、このガイオウモンも斯様な得体の知れぬ力を持つ者に対処する術なぞ一切持ち合わせていない。
しかし、同種の内でも特に義理堅い気性を備えた個体である彼に、一宿一飯の恩義のある相手からの頼みを断るなどという事は出来なかった。
「だが、居場所が分からねば剣を振るう訳にもいかぬな。さて、どうしたものか……」
「そうですな……方法が無い訳ではありませんが……」
「何か手があるのか?」
村長は心底困ったような表情を浮かべてから、徐に口を開いた。
「この先の山麓に広がる竹林の奥に、"片眼狐"と呼ばれる陰陽師がひとり隠れ住んでおります。その者ならば、或いは……」
この時の村長の様子がどうにも気に掛かったガイオウモンだったが、他に手は無しと考えた彼は竹林の奥に佇む"片眼狐"の住処を訪ねると決めた。
青竹の繁る林の中は、昼間だというのに夕暮の闇もかくやとばかりに暗い。辛うじて道だと分かる地面の筋を辿って行った先に立つ庵が、かの陰陽師の住まいであった。
「おや、客人とは珍しい……何ぞ御用でも?」
背後から突如発せられたその声に、ガイオウモンは抜刀しながら振り返った。鋭い太刀先に断ち割られた青竹の束が、がらがらと音を立てて辺りに散らばる。
「危ねぇ危ねェ、お客人、取って食いやしませんから落ち着きなさいな」
今度は庵の方から声がした。そちらを見遣れば、白と紫の道服を纏う狐の姿をした獣人が一人立っている。
「いや、これは……失礼した」
「いえいえ、もう慣れておりますんで、お気になさらず……それより旦那、こんな辺鄙なところまで来なすったんだ、吾(あっし)に用があるのでは?」
気まずそうな様子のガイオウモンを、道服の狐──タオモンは面白がるような表情で覗き込んだ。
その蒼の瞳は右側だけが光を宿し、もう一方は固く閉ざされた瞼を引き裂くようにして、古い切傷の痕が額から頬骨にかけて斜めに走っていた。
「一つ聞きたいのだが……この辺りで"片眼狐"と呼ばれる、腕の立つ陰陽師がいると聞く。その者の助力を得たい」
「随分と買い被られたモンだなァ……ま、いいでしょう。で、吾に何をせよと?」
ガイオウモンは事の次第を全て"片眼狐"に伝えた。
「はあ、成程……分かりました、手を貸しましょう」
危うく命を奪われそうになったにも関わらず、"片眼狐"はその当事者たるガイオウモンの頼みを驚く程あっさりと聞き入れた。
それから三日後の月夜──彼の力添えにより賊の隠家を探し出したガイオウモンは、見張り役の盗賊を全て始末した後、分厚い扉を蹴破って中へと押し入った。
「何処へ行ったのかと思ったら……全く、お前という奴は……」
呆れたように言い放つガイオウモンが睨むその先で、見覚えのある金毛の獣人が、火に掛けた鉄鍋を頻りに覗き込みながら、時折長い尻尾の先をゆらゆらと揺らしていた。
「これはこれは、ガイオウモン殿。随分遅かったじゃ御座ンせんか。ああ、これ? 別に盗ったわけじゃありませんよ、少し借りてるだけです」
獣人、もとい片眼のタオモンが、見える方の眼を先にしてガイオウモンの方を振り返った。
「鍋はどうでもいい。俺が言っているのは、"ソレ"の事だ」
鍋で煮立った油の中を泳ぐ奇妙な形の塊が、じゅうじゅうと音を立てながら辺り一帯に奇妙な匂いを漂わせている。その横に並んでいる、先に揚がっていたと思われるうちの一つを、鉤爪を備えた三本指が器用に摘み上げた。
「何せ"鼠"は、狐(われら)の好物なモノですから……つい、ね」
タオモンの手にある塊から僅かに覗く、赤紫の肉……その正体が、まだ息のあるデジモンだという事に気付いたガイオウモンは、目の前の金狐が哀れな盗人たちを即席の夜食として"調理"していたという悍ましき事実に思わず顔を顰めた。
「今回の件、向こうさんは『退治せよ』と言っておりましたが、別にその方法は示してなかったでしょう? ならば、どうしようと咎められる謂れは無し。それに……デジモンがデジモンを喰ってデータを取り込む、それは正しき自然の摂理、弱肉強食ってヤツじゃあ御座いませんか」
ガイオウモンの内心を見透かすかのようなその言葉と共に、タオモンは手にした肉塊を鋭い牙が並ぶ口の中へと放り込んだ。咀嚼された獲物が砕けるその度に、粉雪のようなデータの破片が舞い散った。
「……ちと後味が腥ぇ気もするが、まぁ溝のネズミにしちゃ上出来かなァ」
余韻を楽しむかのように口角の脂を舐め取る妖狐の姿には、然しもの百戦錬磨の強者ガイオウモンといえど嫌悪の情を抱かずにはいられなかった。
この悍ましき隻眼の陰陽師は、元の生物に由来する鋭敏な嗅覚と摩訶不思議の術を以て盗賊の隠家を見つけ出した。
彼の助力により此処まで辿り着いたガイオウモンは、行手を阻む落武者のようなデジモンと彼の部下らしき獣型のデジモン達を皆一太刀の元に斬り捨てのだが、一体何処へ行ったのやらタオモンの姿がいつのまにか見えなくなっていた。
まさかと思って隠家の中へ入ってみれば、盗賊の首魁は既に、赤い紙片の散らばる焼け焦げた床の上で体の各所をあらぬ方向に捻じ曲げて事切れ、そんな彼の傍らに屈んでいるタオモンの後ろ姿を見つけたのが、先の状況である。
裏仕事の請け負いを生業とするこの金狐の元々の評判が決して良いものではない事は村長の態度からある程度察してはいたが、まさかあのような行動に出るとは……あそこまで手の込んだ食い方をするあたり、おそらくは、ガイオウモンの依頼を聞いたその時から、この片眼狐は賊の正体に気付き彼等をどうするかまで決めていたのだろう。そうなれば、此度の依頼を快諾したその理由も自然と察せられる。
この陰陽師、腕の確かなことは間違いないがあまり深い関わりは持ちたくない奴だと、ガイオウモンは心中で密かに呟いた。
「旦那、こりゃあ"道士"が一枚噛んでますよ。ほら」
牙の隙間から引き出された赤い紙。近づいて見たところ、それはタオモンが所持しているのと同じ呪札だった。
「ネズミ共、みんな腹にこの札を仕込んでますな。おそらく、コレが不可視のタネでしょう」
揚げ鼠を口に含み、中の呪札だけを取り出す事を数度に亘り繰り返す。その過程で並べられてゆくものの中には色違いも何枚か混じってはいたが、描かれた紋様はやはりみな同じものだ。
「まさかと思うが……」
「……先に言っておきますけど、コレ吾のじゃありませんからね。端金のためにこんな手の込んだ事する奴ぁいませんよ」
愛刀である菊燐の柄に手を置くガイオウモンを片眼で見遣り、タオモンは念を押すようにそう言った。
この金狐、言動の非道さは兎も角決して嘘はつかないという話を村の者達から予め聞いていたし、この三日間の行動からその評判が真実であることも分かってはいたので、ガイオウモンは彼を問い詰める事はしなかった。
「お前ではないのは分かっているが……しかし此度の件、裏に居る道士とやらを何とかせねば、また近いうちに同じ様な者が悪事を働くだろう」
「ああ、それならご心配なく。もう見当はついておりますんで」
深刻な表情で虚空を見つめるガイオウモンの横を通り、タオモンは出入口に向かって歩き始めた。
「ほう……道士たる者、呪の痕跡から術者を探し当てるも容易い、と云ったところか?」
純粋な関心から発せられたガイオウモンの言葉に、タオモンはひたと歩みを止めて背後の彼へと振り向いた。
「まさか。吾にそんな腕はありませんよ。それが出来たら、こんな日銭稼ぎなんぞやってませんからね」
青い隻眼が、自嘲気味な笑い声を伴って三日月の形に細められる。片側の吊り上がった口の端から覗いた牙が、差し込む月明かりを反射してぎらりと煌った。
「では……先程見当がついたと言ったのは……」
「"コレ"がね……吾の"片割れ"がね、教えてくれたんですよ」
そう言って、タオモンは固く閉ざされていた左の瞼を開いた。古傷の下から現れた紅色の瞳には、澱んだ殺意の灯が燃えていた。
第一話 終
【登場デジモン】
・ タオモン
: 通称『片眼狐』と呼ばれる陰陽師で、デジタルワールド辺境の村の更に外れにある山麓の竹林に住んでいる。その左眼には大きな傷痕があり、普段は固く閉ざされているのだが……。
幼年期のポコモンだった頃、双子の兄と生き別れになったらしい。
好物は油で揚げた鼠(特にチューモンが好きらしい)。
・ガイオウモン
:デジタルワールド中を放浪し数多の戦いを繰り広げるウィルス種の竜人型デジモン。
基本戦いの事しか考えていないが、生来義理堅い性格のため、どんなに些細な恩義でも必ず返そうとする。
・???
:片眼狐の双子の兄。
幼い頃に弟と別れて以降、長らくその消息は不明になっていたらしいが……。
因習村じゃないですがこりゃまたエグい。夏P(ナッピー)です。
え、この流れで主人公タオモンなのか!? と戦慄しましたが、見返してみたらタイトルからしてタオモンだった。狐だけに油揚げが好きらしい、しかし猫でないのに鼠が好きらしい。予てより隻眼と言ってましたが、聖痕が刻まれただけで健在だったりする奴なのか片目も。タイトル的に逆側の目に傷を負ったドウモンがいたりする奴か。オノレ晴明ェーッ! 隻眼を三日月に細めたタオモンの対で二十六月に目を細め……どうやるんだそれ。
ガイオウモンが実に主人公っぽい立ち位置で、わざわざウィルス種と明示されている割には全盛の塊っぽいことから早くも死相が見えている。しかしサクヤモンクズハモンではなく敢えて完全体のタオモンを起用した辺り、そこに断絶すべき力の差(タオモンではガイオウモンを倒せない)があると見るべきか。ちなみに私は作者様の趣味を推している。
タオモンのやったことエグっ……となりつつ、デジモンとしては当然という奴。しかし世界観がなんとなく犬夜叉を思わせる為、兄とやらは殺生丸様か奈落みたいな奴が浮かんでしまうぜ!
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。