業くん転生物語(嘘)

 俺の生に意味はあったのだろうか。
 緩やかに終わりへと向かう最中、ふとそんな言葉が頭に浮かんできた。死に際に見るのは走馬灯だと思っていたが、そうではない場合もあるらしい。最後の最後に己が生まれた意味を考えたところでそれこそ意味がない行為だというのに。
(もうルルーシュは死んだ。俺が殺した。生きる理由もなくなった)
 結局、俺にはルルーシュだけだった。きっとルルーシュという男を殺し、死んでいくのが俺の生まれた理由だったのだろう。
(でも、それでいい)
 絶命したルルーシュの隣で、俺もまた終わりを迎えようとしていた。首から流れ出る血が俺とルルーシュの背中を生温く濡らしている。もう目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。ルルーシュに触れているはずの指だって、ぴくりとも動かせなかった。
(もし、もう一度新しい人生をやり直すことが出来たのなら、)
 意識が遠のいていく。何も感じない。音も、光も、匂いも、全て。
(ルルーシュ、君と)
 そうして俺は、長いのか短いのか分からない人生を、終えた――はずだった。

「おぎゃあ!」
 俺、0歳。どうやら前世とやらの記憶を持ったまま転生を果たしたらしい。つまり身体は赤子、頭脳は青年な赤ん坊が爆誕したというわけだ。あまりの非現実的な現象に笑うしかないが、当事者としては笑いごとではない。
「ばぶー……」
「あら、お腹空いたの? さっき飲んだばかりでしょう、スザク」
 どういうわけか俺の名前は前世のままだった。しかも俺を生んだのも前世と同じ母である。もしかして人生のやり直しなのだろうかと思わなくもないが、父は枢木ゲンブではなかったし、家だって豪邸ではなくごく普通のマンションだった。同じように見えていろいろと差異が生まれている。
「もしかして寒いのかしら……冬至だものね。スザクが生まれたのは夏なのに、月日が経つのはあっという間だわ」
「あぅ~」
 子供体温だから寒くはないと言ったつもりでも、出てくる言葉はやはりこれだ。最初はもどかしくて仕方なかったが、生まれて半年も経てば諦めがつく。それに、会話が成立しなくても母は俺に優しく語りかけてくれるからあまり困ってはいない。前世では考えられないほど優しい世界で俺は生きているのだ。
「そうそう、お隣さんが引っ越してくるんだって。スザクと同じくらいの赤ちゃんがいるのよ。ママ友になれるかしら」
「ばぶぅっ!?」
 しかしその平和が今、崩されようとしていた。



 その顔を見た瞬間、頭の天辺から足のつま先まで激しい怒りが突き抜けた。
「スザクくん、この子がルルーシュよ。仲良くしてちょうだいね」
「あう、あー!」
 俺の目と鼻の先でルルーシュが笑っている。ふっくらとした頬や紅葉みたいな小さな手にヤツの面影はないが、二つ揃っている紫の目に、まだ不揃いな黒髪はまさしくルルーシュのものだった。小さくて涎で濡れた唇が赤ん坊らしからぬ歪みを見せる。左右非対称に吊り上がったそれは、俺が奴隷だった頃に飽きるほど見た笑みと同じだ。
「んぎゃあああっ、おぎゃーーーーーーー!」
 見つけたぞ、ルルーシュ! と声を振り絞り叫んだつもりだった。しかし俺の口からはやはり赤ん坊の泣き声しか出ない。ならばと怒りに任せ殴りつけようとしたが、はいはいすら出来ない俺では手足をばたつかせることしか出来なかった。
 そんな俺をルルーシュがにやにやと笑って見つめている。せっかく安寧の地で暮らしていたというのに、またこいつは俺の魂を踏み躙るつもりなのか。悔しくて叫ぶたびに勝手に涙が溢れ出る。赤ん坊だからか涙腺が弱い。俺はなんて無力なんだ。
「あー、うぅー?」
 ルルーシュはあぶあぶと赤ん坊らしさを演出し、母親の腕に大人しく抱かれている。こいつがルルーシュでさえなければ、俺でさえ心温まるような慈愛に満ちた光景だ。だが俺は知っている。この男の卑劣さを。あの腕の中にいるのは天使じゃない。悪魔そのものなのだ。
「いやだわ、どうしちゃったのかしら。あんまり人見知りしない子なのに」
 母が俺を抱いてあやしてくれるが、それどころではなくてじたばたと短い手足を動かす。このままあいつが成長すれば、前世であいつを殺した俺への報復として母を害するかもしれない。そう考えると気が狂いそうだった。
「オムツじゃない? うちの子滅多に泣かないけど、オムツが汚れてるとすぐ泣きだすのよ」
「うちもそうなの。夜泣きもしないしいい子なのに、オムツだけはダメみたい」
 母が俺を床に寝かし、ロンパースのホックを外していく。
「おぎゃっ!?」
 待て、まさかルルーシュの前でオムツを変える気か。そんなことをしたら恥部があいつの前に曝されて、また馬鹿にされるに決まっている。母さん、待ってくれ、頼むから。そう言いたいのにどう頑張っても「うぎゃあああ」という泣き声にしかならなかった。
 青ざめてギャン泣きしたが時既に遅し。前世の面影などない、小さなそれをみたルルーシュが目を瞬かせながらニヤリと笑った。



「あのっ、私、前から枢木くんのことが……っ」
 赤い頬。潤んだ瞳。ぎゅっと制服のスカートを握って辿々しく告白をしてくる女子生徒を見て、俺は胸の辺りが温かくなるのを感じていた。
 平和な世界に転生して十七年。赤子の頃は精神年齢と実年齢のギャップにずいぶんと悩まされたものだが、前世に近い年齢になった今ではこの生活を多少満喫しようという前向きな気持ちにもなるというものだ。勉強もしたいし、私生活も充実させたい。彼女を作って童貞を捨てる――なんて言う思いもあるにはあった。
 だから告白をされるたび、この子となら上手くいくのではないかと期待を抱いてしまう。見るからに遊び慣れた子もいたが、俺みたいな仏頂面を好きだと言ってくれる子は素朴で可愛い子が多いのだ。今俺の目の前にいる子も目立ちはしないが人好きのする可愛い顔をしている。図書委員をしていて、休み時間はいつも違う本を読んでいるような、そんな子だった。
「俺でいいなら――」
「スザク! ここに居たのか、探したぞ。って、君はスザクと同じクラスの……。俺のスザクに何か用かな?」
「ルっ……ルルーシュ!」
 俺でいいなら付き合おう、そう返事をしようとした矢先のことだった。中庭にひょいっと顔を出したルルーシュが、完璧と表現しても差し支えない笑顔で彼女に近づいてくる。
「スザクもスザクだ、俺という恋人がいながら浮気とは感心しないな」
「誰がお前の恋人だ!」
「もう忘れたのか? あんなに激しく抱き合った相手を……」
 そう言って俺を背中から抱き締め、ルルーシュはいやらしい手つきで俺の股間をもにゅっと握った。怖気がして鳥肌が立つ。間髪入れず振り払って胸ぐらを掴みあげたが、ルルーシュの話を信じたらしい彼女は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて校舎内へと逃げて行ってしまった。
「……誰が激しく抱き合った、だと!? 前世の話はするな、もう俺たちは新しい人生を歩んでいるんだぞ!」
「だが俺の身体は可愛い奴隷とのセックスを忘れてはいないぞ? 何なら今すぐ証明してやってもいい。昔みたいに首を絞めながらするか? それとも――」
 俺に「抱け」と命じたこの男を、隷属させられていた俺は確かに抱いていた。望みのままに何度も、命じられた通りの抱き方で。ルルーシュが特に好んでいたのは首を絞められながらのセックスだ。窒息寸前で頭が真っ白になった瞬間に射精するのがいいらしい。そんな趣味など持ち合わせていない俺には理解しがたいことだ。
「俺にそれを強要する力は今のお前にはない」
「だからこうして地道に他を潰しているんだろう。俺じゃない誰かを抱くスザクなど想像しただけで吐き気がする」
「吐きたいならトイレで存分に吐け。二度と俺に纏わり付いてくるな」
「それは出来ない相談だな。お前にも分かっているだろう? なあ、お隣のスザクくん?」
 にやりと笑うルルーシュに、チィッと舌を打つ。こいつの言うとおり、俺たちは同じマンション、しかも隣同士の部屋に住んでいる。しかも親同士の仲が良く、BBQや海水浴、旅行も一緒にするのが当たり前だった。年が同じということもあって、親にとって俺とルルーシュはまさに兄弟同然。
 頭の出来だけはいいルルーシュがわざとランクを落として俺が受験した高校に入ろうとしたときも、
「ルルーシュったらスザクくんのことが本当に大好きなのねえ」
 で片付けられてしまったくらいである。ルルーシュはルルーシュで「スザクのいない高校になど価値はない」と言い捨てたと言うのだからランペルージ家はどうかしている。尤も、高校くらいどれだけレベルの低いところへ通おうと、こいつの頭ならどんな大学だって受かるに違いない。
 俺はと言えば受験する大学も既に決めていて、前世では勉強が出来る環境ではなかったから、今世ではいい大学を出てそれなりの企業に入社し、親に楽をさせてやりたいとも思っている。でもそこに必ずルルーシュが乱入してくるのだ。俺の人生は悲しいことにルルーシュがセットになっている。切り離そうとしても切り離せない、あちこちに転移しまくった悪性の癌のような男だった。
「意地を張らず俺で童貞を捨てればいいじゃないか。俺だって処女を捨てられて一石二鳥だ。忘れてはいないんだろう? 俺の中がどれだけイイかを……」
「ここは学校だ、下劣な話は止めろ」
「そういう頑ななお前も愛しいが、あまりつれなくしないでくれ、我が奴隷よ」
「……ルルーシュ」
 はあ、と溜め息をつく。今世ではまだナナリーに会っていないから、ルルーシュのねじ曲がってふくれあがったクソデカ感情を全部俺に向けざるを得ないのは分かっている。正直俺だって生まれ変わったからといって普通の恋愛が出来るとは思えない。ただ、本当にそうだと俺自身が納得出来るまで、無駄に足掻いているだけだ。
「今日の晩飯は」
「サンマ、鳥つみれの味噌汁。あとは里芋と烏賊の煮物の予定だったが、肉じゃがに変更だな」
「……腹減った。帰るぞ」
 日が傾いている。秋は夜が来るのが早い。胃の辺りを擦ると、ルルーシュが嬉しそうに目をたわませた。こいつは早々に俺の胃袋を掴むため、中学に上がった頃から食事当番を買って出ているのだ。俺の機嫌を損ねたときは、俺の好物を絶対に一品は捩じ込んでくる。今日も怒らせた自覚はあるのだろう、こういうところだけはほんの少しだけ、前世とは違って憎めなかった。
 少し肌寒い秋の風がルルーシュの長い前髪を揺らす。奥に隠されたルルーシュの左目は、視力こそは失っているものの、古い記憶の中にある澄んだ色のままだった。



(転生後も業ルに振り回されてしまう業スくんがかわいそかわいい話を目指していました)
 

powered by 小説執筆ツール「notes」

228 回読まれています